カリキュラムを考えるということ・教材を作るということ

今、私達は、自主教材をいろいろ作っています。でもそれって正解なのでしょうか? 色々な答えがあると思います。 これは経営的には明らかに無理があります。

サービス・クオリティー面。これ、良いとこ悪いと両刃の件なのですけど… もちろん僕は正解として、急がば回れと思いやっています。経営面との戦いの中でギリギリまで。 なんで必要な部分には自作を取り入れているか?そんなお話。 少し、知ってもらいたいから書きます。


主人公である生徒さんの視点

ステークホールダー(決断者)としての生徒さんの保護者さんの視点

サービスを提供する側としての立場

そしてそれを繋ぐ視点

があります。

まず、生徒/子どもの視点


学習者自身の自然な意欲は概ね、A「できるようになりたい」、B「楽しくやりたい」大きくは2つに別れます。 「友達と一緒にいたい」「先生が好きで先生に会いたい」は置いておとくとして。

もちろん、その子その子にとって「楽しくやりながら」「できるようになる」が同時であること。ひとことでいうなら私達はこれを目指しています。 なぜなら、「目先一定線(十分なベースを+α)まで伸びること」、「将来自力で伸びていく力を上げること」この2点は両立する、いえ、もっと言って相乗効果が出るからです。し、多くのお子さんを幸せにする事になるから。

一方でストイックなお子さんは「(一見)楽しくなくてもいいから、できるようになる」を目指します。でも、この場合も続く子はストイックである自分に楽しさを見出していますので、より多くの宿題を与えてあげることや、よりストイック系のコース・ハイレベルのコースを与えてあげることで彼女・彼の要求を満たしてあげられます。

親の視点

A「ます楽しむところから・好きになってもらえたら」

B「将来海外留学・生活できるベースを作って欲しい」「学校で困らないように(実際に多くは成績優秀者に)して欲しい」 C「英語が喋れるのを忘れないようにして欲しい(帰国子女系)」「留学に十分に」

D「学校についていけなくなったのを助けてあげて欲しい」

E「スパルタで構わない。英検や良い学校に入学の結果を出して欲しい」

大きくは、そんなとことでしょうか?

最初の2つ A. B. 特に中学生までは、私たちのように「話す」「聞く」「読む」「書く」の4技能を日本人と日頃英語の外国人の専門教師がコラボしたカリキュラムなら、そして冒頭の子どもに向いた視点で活動していれば難しくありません。 C.B.も今の私達なら難なく行えます。

C. :外国人の専門教師が、教材をその子に合わせて自然な生活の中から選ぶことと、英語で英語力強化の英語授業を併せ持つことで、結果として留学のための検定試験やTOEICなども基礎力は育ち、本人の試験対策だけで簡単に通ってしまいます。ペースメーカになるのも可能、簡単なコーチングも可能です(大層なコーチングと称して今時流の月に15万円頂戴する大人向けコースは理解できません。多分いずれニッチとして縮退します。)。

D. :今までの実績もあり、わからない原因を英語のポイント、時に英語を超えて探る中で、処置の方法は決められますし、動機づけや学習生活改善のノウハウがありますから僕たちはほど良いレベルでその専門家であると思います。

(ただし、本人に起因する問題、動機や基本の日本語力の問題、集中力などをどうしても調整できずという難しいケースもあります。これはたとえは良くないかもしれませんが、生活改善をする気のない患者さん・改善できない環境に住んでいらっしゃる患者さん・薬は飲まないという患者さんと同じで、特別な環境に移動させないとNGなケースです)


E.(親の視点としての)は基本の考え方が異なるのでお受けしていません。そこに「子どもの将来の為」という思いは理解するのですけど、子供の本来の自ら育とうとする能力・子どもの自主性を大切にしていないと思うからです。「親の思い」先にありきと、そこ(お金の出して)を狙う「業者(マーケットニーズに合わせたトレーニングセンタであり教育ではない)」の世界だからです。


教師・スクールの視点

真の教師なら、「子どもたちの長期の成長/笑顔/今の悩みの解決」の為にできることをしてあげたい。がまず第1です。そこに保護者さんの「良識」も確認し「良い方向へ子どもたちが進むのを一緒に支える」のを目指す。なのだと思っています。 実際には教え方ことがその本質で、教材はあくまで道具です。「教材で教える」であり「教材を教える」ではなく。そんな中で、

1.良い教材を探してきて利用する(作るより豊富で、時間もお金もかからないので生徒さんに金銭面で還元できるものが多い)。

2.不足と感じる部分を充足させるために教材を作って利用する(個々の状況や既存の教育課題へのより良い向上であり時間コストが掛かってもやってあげたい)

3.一貫性を持たせた良いカリキュラムを考え、結果1も使うけど2が増える。

となります。 作ることが全てではなく、1もあればどんどん利用したい。バリエーションは多いほど、子どもも飽きない。

これらはそれぞれに重みは違い手間も違いますが、

先生の洞察眼、教育眼、知識、モティベーション調整力、

生徒への愛情を育む

上でとても重要です。また、作業の多くは1人では出来きれないのでチームワークを生み、生徒の情報の共有も先生感で進みます。

こういったことを考えると、できることはしたい=教材・カリキュラムづくりにも時間を割くということになるわけです。

実際良い教材があれば、その適用範囲を考え利用しています。

チェーンの塾では、指定された教材を使いますので、そこのいろいろなものが先生側に育たないと思います。始める側からするとチェーン塾の魅力は「ブランド力と集客可能性」「多くを準備しないで良い手軽さ」であり、保護者からすると「ブランド力とそこで認証された講師である安心感」「教材が揃っていることへの安心感」だと思います。

でも、僕らはそれは選びませんでした。自分たちが自身を持って育っていかなければ子どもたちに向き合えないから。

「先生が考えること」「一人ひとりにの課題を感じながら工夫する中で愛情も教育力も育めること」それが「最終的な教員&スクールの技術力の高まりになり、生徒さんへのより良いレッスンサービス力になり、生徒さんの成長と成長力という結果に返っていくこと」を考えるからです。

個人・スモールレベルで行う自主教材開発は見た目限界があります。教材を大量には作れないのです。 ただ、多くの大手さんがすばらしい教材文を山程を準備しながら、やり方に問題もあり、生徒さんが消化不良なのが普通であったり、大量の生徒が行く中を泳いでいることで少し話せても書けないお子さんばっかりであったり…にインタビューで出会います。 そういうのを見るにつけ、...大量のドリルも人混みの中での経験も、時の消費のわりにごく一部のそこから広いろ引き出せる能力に達したごく一部の成功力をはじめから持っている者しか救われていない。と感じます。大人の世界と一緒です。 自分たちは、少ないボリュームでも一生懸命考えて絞って、それを丁寧に一人ひとりに向き合って使うことで、成長を見届けながら教えていくスタイルに自負を持てるなぁと感じています

その部分を多くの人に理解いただけたらなぁと思っています。

最後4番目「繋ぐ視点」

「ブランドに安心している」とか「大量の教材・宿題で安心をしている...」その様なケースで気になるのは、子どもをそこへ引き渡した時点で「そこは任せた」といえば聞こえはいいのですが「自分の手から離れた」ケースも多い気がします。皆さん忙しいのも有って。「あとはブランド信仰」。お子様がすでに「大量の情報を見ると安心する」「ドリル型で達成感追求が好き」になってしまっていて、その階段登りきったら次の階段探すのかな?自分で道を切り開けないのかな?と危惧する場合もありますが… 幸いにもここにいらしていただいているお母さん方はそういう感じはなく熱心にお子様への対応を一緒に考えてくださる方ばかり。 それができるのも... 私達がいろいろ考えて同時にご相談してアイデアいただいて…な関係なのだと思います。自作をする副次効果?僕はそれは関係し全員にとって幸せなことだと思っています。感謝ですね。


まだまだ、そんな思いの共有は。。。。。。。

宣伝や認知が足りない、信頼が足りないのは、不徳の致すところ。。。